2008年6月20日 (金)

第8回研究会のレジュメと報告

6月1日に開催された第8回研究会は、「宗教と社会」学会第16回学術大会(6月14、15日)の準備を兼ねた研究発表でした。詳細は『宗教と社会』第15号に掲載されます。
ここでは各報告のレジュメのみをアップいたします。

稲場圭信(神戸大学)「宗教の社会貢献活動の諸相―Faith-Based Social Serivice, Engaged Religion and Religion as Social Capital―」「inaba8.pdf」をダウンロード

藤本頼生(國學院大學研究開発推進機構共同研究員)「神社神道の社会貢献活動について―地域コミュニティ形成における宗教文化資源活用の可能性から―」「fujimoto8.pdf」をダウンロード

ランジャナ・ムコパディヤーヤ(名古屋市立大学)「慈悲と智慧のネットワーク―グーロバル化における『社会参加仏教』―Networks of Compassion and Wisdom - Engaged Buddhism in the era of Globalization」「ranjana.pdf」をダウンロード

*本レジュメからの無断引用はご遠慮下さい。引用される際には、本研究プロジェクトの報告レジュメが出典であることをご明記して下さい。

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2008年3月30日 (日)

第7回研究会のレジュメと報告(森葉月氏)

第7回研究会での森葉月氏(国際基督教大学アジア文化研究所研究員)の報告「現代における『脱宗教の宗教』の可能性を考える―インドネシアの事例から―」のレジュメと報告を掲載します。

レジュメ「mori.pdf」をダウンロード

*本レジュメからの無断引用はご遠慮下さい。引用される際には、本研究プロジェクトでの森葉月氏による報告レジュメが出典であることをご明記いただければ幸いです。

研究会報告
発表者 森葉月(国際基督教大学アジア文化研究所研究員)
「現代における『脱宗教の宗教』の可能性を考える―インドネシアの事例から―」
報告者 森葉月

 発表者は、本発表において、「宗教者・宗教教団による社会活動の実践」という視点からではなく、「宗教の教えそのものが持つ可能性」という視点から、宗教の社会貢献の可能性について検討することを目指した。具体的には、<伝統宗教の智的・精神的「資源」が、個人によって主体的に、自由に、そして有効に活用されることを通して、個人や社会の「救済」に「貢献」する方途を提言すること><宗教の社会貢献という文脈において、「脱宗教の宗教」の可能性を検討すること>を目的としている。
 云うまでもなく伝統宗教の智的・精神的「資源」は、これまでも様々な形で利用されている。しかし、その多くは「現世利益」の追求に終始している。その背景にあるのは、人々の「欲望」の肥大化であろう。欲望が膨れるままに任されている現代においては、宗教も消費財の一つとして欲望される。宗教の側も、そうした状況の中で、人びとの欲望を全肯定することによって生き残りを図っている。従来は、「欲望」を鎮める機能を果たしていた宗教の智慧は、もはや力を持たない。「宗教は多かれ少なかれひとを搾取し、反社会的な行動に走らせるものである」という見方も浸透しつつある。
しかし本当に、宗教の智慧は無力なのであろうか。そこから学ぶべき点はもうないのであろうか。発表者は、その教えには、学ばれるべき智的・精神的「資源」が、未だ多く残されていると考える。実際に、伝統宗教のエッセンスを充分に理解したうえで、そのあり方を批判的に考察することにより、「救い」「幸福」の境地に辿り着いた人々が現実に存在するからである。
 発表者はこれまで、日本の作家岩倉政治(まさじ)の思想を研究し、その宗教観=「脱宗教の宗教」(「救い」は「宗教」から与えられるものではなく、自らが主体的に宗教の教えに係ろうとする中でのみ得られるものであると説く。また、そのことを認識することそのものが「救い」であるとする)に、その実例を見てきた。今回は、更にそうした人々の事例の一つをインドネシアに求め、彼らがどのような思考と行動を通してそうした境地に至ったのかについて調査を行なった。具体的には、インドネシアの思想家キ・アグン・スリョムンタラム(1892‐1962、ジャワ思想、イスラーム、仏教、心理学、科学などに学びつつ、独自の「幸福学」を形成した人物、以下「キ・アグン」)の思想を継承し、実践している人びとにインタビューを行い、キ・アグンの思想が持つ現代的な意義を問い直すことを目指している。
 キ・アグンの思想を実践している人々は、キ・アグンの説いた、自己の相対化と自律の教えを踏まえ、kondo takon(コンド・タコン)と呼ばれる徹底的な対話を通して、人びとの生活改善を図っている。その活動は地道であるが、着実に実を結びつつあるように思われる。彼らの活動の特徴としては、差し当たり、①イスラームなど他の宗教・思想との補完性を持つ②平等主義③自主性・自律性の強調④実践の強調⑤物質主義の否定⑥内省の強調⑦対話の重視、などが挙げられる。これらの特徴がどのように有効に活用されているのかについて、より深く分析していくことが、思想構造そのもの把握と併せて、発表者の今後の課題である。
 以上のような発表に対して、次のようなコメント、質問が寄せられた。社会運動としての側面をより明確に知りたい。例えば彼らの活動の概要、社会的な位置づけはどのようになっているのか。書籍などは書店にあるのか、グループの規模はどのくらいなのか。イスラームや民間信仰との係りはどのようになっているのか。「脱宗教の宗教」の可能性についての詳しい説明が欲しい。日本の新宗教の黎明期と類似の印象がある。宗教の効用を活かしつつ、宗教に絡めとられない事例を捜そうとしているという印象の研究である。ナショナル・アイデンティティとの係りはどのようになっているのか。
 発表者の応答は、以下の通りである。キ・アグン思想の実践者たちは、キ・アグンの教えにより、基本的には組織を形成しない。活動は、緩やかなネットワークによって支えられている。そのため、明確な人数を出すことは難しいが、少なからぬ人びとが教えに触れていると考えられる。キ・アグンの著作はあるが、現在入手困難なので、人からひとへ、口伝えで広がっている。イスラームや民間信仰とは、補完し合う働きをしていると考えられる。ナショナル・アイデンティティを探っていた可能性はあると思う。その他の指摘と共に、今後の検討課題としたいと考えている。

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2008年3月24日 (月)

第7回研究会のレジュメと報告(黒崎浩行氏)

第7回研究会での黒崎浩行氏(國學院大學)の報告「地域づくりにおける参加機会創出と神社・祭礼―熊本県人吉市の事例から―」のレジュメと報告を掲載します。

レジュメ「kurosaki.pdf」をダウンロード

*本レジュメからの無断引用はご遠慮下さい。引用される際には、本研究プロジェクトでの黒崎浩行氏による報告レジュメが出典であることをご明記いただければ幸いです。

研究会報告
発表者 黒崎浩行(國學院大學)
「地域づくりにおける参加機会創出と神社・祭礼―熊本県人吉市の事例から―」
報告者 黒崎浩行

 本発表は、「宗教の社会貢献活動」というプロジェクトのテーマを、宗教者・宗教団体による社会貢献活動への主体的関与という視点ではなく、社会福祉の基盤となるコミュニティ形成に対する資源提供(櫻井治男)、あるいは福祉文化と宗教文化の接点(板井正斉)といった視点から検討するものである。
 福祉社会の基盤であるべきコミュニティの衰退に対して、伝統的なスピリチュアリティの活用による再活性化を期待する言説がある(広井良典『持続可能な福祉社会』(2006)など)。しかし、それはどのようにして可能になるのだろうか。
 実際のところ活性化の試みにはさまざまな困難がともなう。祭礼や民俗芸能に関しては、伝承者集団、行政、地元商工業界、観光業界等の諸社会集団間のせめぎあいが指摘され、また居住年数の異なる住民が混在する郊外の神社では、旧住民による再活性化の努力にもかかわらず、新住民との断絶を埋めがたいケースがある。
 ここでは、熊本県人吉市に鎮座する青井阿蘇神社の例大祭「おくんち祭」、特に平成18年(2006)に斎行された「御鎮座1200年大祭」を事例として、神社祭礼における参加機会の創出に注目し、その特徴を抽出する。
 第一の特徴は、メディア利用による再帰的なアイデンティティ形成である。御鎮座1200年大祭に向けた準備は平成12年(2000)ごろから始められ、平成14年(2002)に「人吉交流大学」というイベントが人吉球磨広域行政組合の事業として行われる。平成8年(1996)に始まった「住民ディレクター活動」を取り入れ、メディア論の研究者やビデオディレクターを講師に迎えて、祭の準備から本番まで、地域住民や学生がビデオカメラをもって取材・撮影し、これを放送した。第2回以降は民間での実施となるが、毎年繰り返され、平成18年はインターネットライブ放送が行われた。このようなメディア利用を通じて、地域の価値の発見がもたらされ、また祭りの参加者にとってもアイデンティティを再帰的に獲得することとなった。
 第二の特徴は、世代間伝承の尊重である。おくんち祭の企画運営を担う団体である青井阿蘇神社奉賛会は、高齢(60~80歳代)メンバーが中心で、若手メンバーの発言が難しい状況にあった。そこで宮司の発案により「継承部」が発足する。若手メンバーが高齢メンバーのさまざまなお手伝いをしつつ昔の経験を聞くことを活動として位置づけることにより、若手メンバーの参加による活性化を促しつつも徒弟制的な「実践共同体」(レイヴ&ウェンガー)を維持している。
 このような参加機会の創出がもたらすコミュニティ形成への期待や、その成果の実感は、まだ十分に調査・把握しきれていないが、今後運営者以外の参加者へのインタビューや、他地域との比較等を通じて明らかにしていきたい、と結んだ。
 以上の発表に対して、次のようなコメント、質問が寄せられた。「コミュニティ形成」の課題が何であるかによってそれを評価する指標も違うのではないか。参加機会創出の第一の特徴に見られたアイデンティティの形成が主観的なものだとすると、それに対応する客観的な関係性はどのように変化し、またそこにメディアを利用した活動はどうかかわっているかが明確でない。祭の担い手にとっての「正統的周辺参加」のメリットが何であるかや、地域に対する思い・覚悟を具体的にとらえてほしい。祭りへの参加機会の「創出」ではなく「喪失」と言える事態が各地で起こっており、それは社会構造の変化によるものであって、今回とりあげられた試みがそれをどれだけ埋められるものなのか。今後、祭りの担い手までも外部から受け入れるといったことが起こりうるのか。いずれも、今後調査を継続していくなかで応えていきたい課題として受け止めた。

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2007年12月 3日 (月)

研究会を開催

2007年11月4日に櫻井義秀先生を研究代表とする「宗教の社会貢献活動に関わる比較文化・社会学的研究」の科研費の研究分担者並びに、宗教の社会貢献活動研究プロジェクトメンバー(国内・神道関係)で研究会を行いました。参加者は櫻井治男、黒崎浩行、藤本頼生、板井正斉、種村理太郎、森悟朗、山路克文氏の7名です。以下画像にて詳しく御覧いただけます。

Shakaikouken

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2007年11月28日 (水)

第6回研究会のレジュメと報告(玉置充子氏)

 第6回研究会での玉置充子氏(拓殖大学海外事情研究所華僑研究センター)の報告「タイ華人の民間宗教系慈善団体の社会活動とネットワーク」のレジュメと報告を掲載します。

レジュメ「「tamaki.pdf」をダウンロード

*本レジュメからの無断引用はご遠慮下さい。引用される際には、本研究プロジェクトでの玉置充子氏による報告レジュメが出典であることをご明記いただければ幸いです。

研究会報告
発表者 玉置充子(拓殖大学海外事情研究所華僑研究センター)
「タイ華人の民間宗教系慈善団体の社会活動とネットワーク」
報告者 玉置 充子

 本報告は、タイの「民間宗教系」華人慈善団体の社会活動およびそのネットワーク形成について考察したものである。一般にタイの華人というと、ホスト社会への同化が進んでいると考えられているが、その一方で中国人性を維持した華人団体が活発に活動していることも事実である。特に慈善団体は、「タンブン(徳を積む)」の習慣があるタイ社会において受け入れられやすいことから存在感を増している。華人団体の発展の背景には1980年代以降のタイ社会における変化が挙げられる。
「民間宗教系」とは、中国に起源を持ち中国の民間神を祀る華人系間慈善団体を指す。本報告では、そのうち善堂と徳教会を取り上げた。
善堂は、清末に潮州の「大峰祖師」信仰と結びついて発展した慈善結社で、民国期に全盛期を迎えた。善堂は20世紀初頭にタイに伝わり、バンコクに華僑報徳善堂が設立された。報徳善堂は現在、タイ最大の民間慈善団体と言われ、災害救助、医療、教育等の分野で幅広く社会に貢献している。善堂は戦後にはタイ各地で設立され、特に南部では善堂を中心とした独自の連合組織が発足した。
徳教会は、1939年に潮州で創始された教団で、善堂とは共通点を持つ。徳教会は1950年代以降にタイに伝わり、現在80閣以上が加盟する全国的な連合組織を持つ。善堂や徳教会にかぎらず、タイの華人団体は華僑報徳善堂を中心に“慈善ネットワーク”を形成し、共同で災害救助等を行っている。
善堂をはじめとするタイの民間宗教系華人慈善団体は、社会全体向けには、災害救助、医療、教育、貧困者救済等の慈善活動を展開しており、華人コミュニティ向けには、祖先祭祀、文化継承、癒しの場として機能している。報告の最後には、こうした活動がトランスナショナルな動きや華人コミュニティと中国との関係強化の流れの中でどのような展開を見せるのかが今後の課題として述べられた。
質疑応答では、まず、世代交代が進む中、タイの「華人」をどう定義づけるのかという問いが投げかけられた。これに対して、発表者は、中国に出自を持つとともに中国系としての意識を持っているかどうかを基準と考えると答えた。
また、華人の慈善団体への寄付には、華人文化を継承するため、つまりアイデンティティ戦略としての意味があるのかという質問に対して、発表者は、団体の理事を務める華人指導層の間には、世代交代による文化断絶への危機感が強く、慈善団体の活動を通して文化を継承したいという戦略的な考えは当然あるだろうと答えた。
さらに、寄付の動機について、タンブンに基づいたものなのか、華人社会の伝統的な価値観によるものなのか、という疑問が示された。これに関しては、発表者に代わってタイの事情に詳しい参加者から以下のような貴重な指摘がなされた。
 タイでは、仏教に基づいたタンブンであっても結局は「自分に対する功徳」として行われている。民間の慈善事業は、公的な福祉制度が未発達なため、仏教も含めて民間の宗教が制度としてそれを肩代わりしているのである。こうした制度には市民社会が発達しないという大きな問題があるが、西洋流の市民社会論が通じない事例として興味深い。
 このほか、慈善活動に関わる個々人の参加の動機について質問があったが、これは発表者にとって今後の調査課題として残された。 

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2007年11月27日 (火)

第6回研究会のレジュメと報告(岡光信子氏)

 第6回研究会での岡光信子氏(東北大学大学院文学研究科専門研究員)の報告「イスラム社会におけるキリスト教修道会の社会奉仕-インドネシアを手がかりに-」のレジュメと報告を掲載します。

レジュメ「okamitsu.pdf」をダウンロード

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研究会報告
発表者 岡光信子(東北大学大学院文学研究科専門研究員)
「イスラム社会におけるキリスト教修道会の社会奉仕-インドネシアを手がかりに-」
報告者 岡光信子

 本報告は、イスラム教徒が多数派を占めるインドネシアにおいて、少数派となるキリスト教組織のカトリック女子修道会が運営する母子シェルターを取り上げ、その社会貢献的側面と、宗教組織故の限界について考察を行ったものである。母子シェルターは、1934年以来、ジャワ島を中心に活動する国際的な修道会の中央ジャワ州にある修道院敷地内に設置され、諸事事情により自宅で出産準備ができない女性が身を寄せ、いわゆる「望まれない子供」を出産し、出産後の母子の社会復帰を助ける施設として運営されている。
 カトリック教会は宣教地において医療・弱者救済活動などの「慈善」の伝統をもつ。母子シェルターは、非営利組織であり、「望まない妊娠」によって社会的に疎外された母子が緊急避難的に身を寄せる場所として、採算を度外視して運営されている。このことから、母子シェルターは、カトリック教会の慈善活動の伝統上にあるものと位置づけられ、宗教組織の社会貢献の一例として捉えることが可能である。
 修道会の従うカトリック教会は、信仰と道徳的な理由により堕胎を認めていない。修道会は、予想外の出来事で始めたベビーシェルターの運営経験により、児童遺棄の陰に多数の堕胎があることに直面する。母子シェルターは、カトリックの一組織として現実的に対応する手段として設立されており、その活動は宗教的な理念に支えられている。また、キリスト教は、インドネシアでは宗教的に少数派であるために、修道会は母子シェルターの利用者の宗教的帰属を限定しておらず、インドネシア政府もその活動を評価している。
 現在、母子シェルターは、修道会の社会福祉事業のひとつのユニットとして運営されている。母子シェルターは、政府の介入を警戒し公的援助を受けておらず、一会員の親族の寄付に依存するなど資金収集に致命的な欠陥をもっている。さらに、カトリックの修道会の共通の問題である会員の高齢化と減少という運営母体自体の問題に直面しており、今後の事業の継続・展開に多くの課題を残している。
本報告は、修道会からの要請により、修道会名、修道院の所在地、施設名および利用者名は匿名にして報告を行った。
 参加者からの質問は以下のようなものであり、今後の研究課題に多くの示唆を受けた。
①母子シェルターが公的援助を受け入れない理由。
②インドネシアにおける縁組み、里親について。
③合法的・非合法の堕胎に関する現状。
④一シェルターの個別的な事例とインドネシア全体の事例をどのように関係づけるのか。

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2007年8月 8日 (水)

第5回研究会のレジュメ(寺沢重法氏)

 第5回研究会での寺沢重法氏(北海道大学大学院)の報告「宗教情報データベース(ラーク)にみる宗教の社会貢献活動の整理報告」のレジュメを掲載します。

「terazawa.pdf」をダウンロード

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第5回研究会の報告(吉野航一氏)

発表1 吉野航一(北海道大学大学院博士課程1年)
「外来宗教と土着化と信者たちの宗教実践-沖縄本島都市部を事例に-」

報告者 松島公望(横浜国立大学,神奈川県立保健福祉大学非常勤講師)

 本発表は,吉野氏の修士論文(第55回北海道社会学会にて発表)および第4回日韓次世代学術フォーラムにおける発表原稿を加筆修正したものであった。発表の詳細は,本ホームページにも掲載される発表資料に譲ることとし,本報告は研究会で特に議論となった修士論文を中心にまとめたいと考えている。
 吉野氏は,「従来の土着化研究を乗り越え,より信者の信仰内容に近づいた土着化現象を理解する(資料3頁)」ことを研究の主な目的としている。吉野氏は,土着化を「民俗宗教と外来宗教との『聖なるもの同士の交渉過程』(資料2頁)」と捉え,その観点から,「外来宗教の信者と民俗宗教に依拠する家族とのせめぎあいに注目する(資料2頁)」ことによってその目的を達成しようと試みている。
 この試みを達成すべく吉野氏の論文では,まず「沖縄の宗教」,「統計資料から見る宗教状況」を整理した上で,複数の信者から聞き取り調査を行っている。聞き取り調査を行うことは,そのまま吉野氏が掲げた「より信者の信仰内容に近づいた土着化現象を理解する」ことに通ずるものであることはいうまでもない。
 聞き取り調査を通して,信者が語る外来宗教の土着化の過程が説明され,本論が展開する。そこには,信者の抱え続けた「摩擦や葛藤」,「(在来の宗教的慣習に対する)懐柔と操作」,「民俗宗教からの分離,回避」,「『土着化』以降と『埋没』への危険性」が詳細に描かれており,外来宗教を受容することで対峙せざるを得ない信者の実態が明らかにされるのである。これらの記述からも,吉野氏自身が「より信者の信仰内容に近づこう」との意気込みが感じられ,さらにその意気込みは意気込みで終わらず,新たな土着化研究の可能性を感じるものでもあった。
 そのような可能性を感じるからこそ,質疑応答においても出席者より重要な指摘がなされた。複数の出席者から特に挙げられたのは,「使用された用語の基準(根拠)の定め方」であった。「土着化」,「受容」,「埋没」といった用語を聞き取り調査に基づきそれぞれ定めてはいるが,その基準が明確に示されていないのではないかとの指摘である。それは,信者にとってどの過程を「土着化」とするのか,「埋没」とするのかといった箇所が明確な基準(根拠)に基づいて説明されているのかといったものでもあった。吉野氏自身,これらの指摘については,「信者の語りからこのように捉えることができ,それぞれの用語を定めたが,さらに詳細に基準などを検討していきたい」と応じた。報告者自身,これらの基準(根拠)が整理されることによってこの研究の厚みがさらに増していくことを強く感じるものであった。
 これ以外にも「都市化された現在の沖縄をより詳細に検討することの重要性」や「シンクレティズム,土着化,受容との関連から検討することの意義」といった点についても指摘がなされ,有意義な議論が展開された。
 吉野氏は,今回発表した内容を起点に博士論文を構築していくとのことである。これら一連の研究が博士論文の形となり,土着化研究にとって新たな視座を与えるものになることを期するばかりである。

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2007年8月 7日 (火)

第5回研究会の報告(濱田陽氏)

発表3 濱田 陽(帝京大学文学部講師)
「戦争と日本宗教の軋轢の彼方へ――『東アジアの終戦記念日』(ちくま新書 2007,7)より」

報告者 大谷栄一(南山宗教文化研究所研究員)

 今回の濱田氏の報告は、刊行されたばかりの佐藤卓己・孫安石編『東アジアの終戦記念日』(ちくま新書)所収の濱田氏の論考「戦争と日本宗教の軋轢の彼方へ」を踏まえて、その内容を、「非常時」社会における宗教の社会貢献活動のあり方という問題意識にもとづいて敷衍し、論じたものだった。
 まず、濱田氏は、「宗教の社会貢献活動と社会状況」に関する類型として、「非常時」社会における「国策協力」と「社会批判」という新たな類型を提示し、戦中の国策協力を、宗教の社会貢献活動として考えることができるのかどうか、という問題提起を行い、賀川豊彦の満州基督教開拓村の事例について言及した。
 また、戦勝国であるアメリカと日本の事例を比較するため、20世紀アメリカの社会関係資本を活性化させた要因が、第二次世界大戦期の市民的義務感に富んだ世代形成にあったとするロバート・パットナムの研究を紹介しながら、戦中の国策協力を論じる際の分析視点を示し、宗教の社会貢献活動を分析するための歴史的な視点の重要性を強調した。ちなみに宗教の社会的価値を、社会関係資本という視点から捉え直すことは、本プロジェクトの基本的立場であり、濱田氏の指摘は、まさに本プロジェクトの根幹に関わるものであると言えよう。
 以上の問題意識と問題設定にもとづき、『中外日報』という超宗派の宗教新聞にみる宗教界の終戦記念日に関する認識や動向に関する分析結果が示された。とりわけ、「戦前も戦後も基本的に国家の規制を受け入れつつもバラバラな宗教界が、終戦を伝える玉音放送に対してだけは揃って一致の姿勢を示した」という指摘は興味深いものである。
 また、終戦記念日を点として捉えるだけではなく、お盆という文化的伝統に即して捉え直した上で、8月13日から16日までを「戦没者追悼期間」としてはどうか、という刺激的な提言がなされた。
 以上から、一国内で各宗宗派が社会貢献活動で協力・提携する上での留意事項として、その協力・提携が難しいこと、象徴天皇というファクターが最終的には無視できないこと、国家の枠にとどまらない、とくに東アジアなどの国際規模の協力・提携が重要であることが述べられ、現代における宗教の社会貢献活動を検討する際、戦前からの連続性の中で分析する史的視座が必要であるとの結論が提示された。
 現代における宗教の社会貢献活動を考えるとき、戦前からの連続性(と非連続性)の中で、その特質を分析することが重要であるとの指摘は、報告者も大いに共感するものである。また、国策協力を宗教の社会貢献活動と考えるかどうか、という濱田氏の指摘も極めて重要な問題であり、このプロジェクトにおける不可欠の検討課題であろう。
 以上、濱田氏の発表は、参加者に対して、数多くの刺激と問題提起を投げかけた有意義なものであった。

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2007年8月 1日 (水)

第5回研究会の報告(寺沢重法氏)

発表2 寺沢重法(北海道大学大学院修士課程1年)
「宗教情報データベース(ラーク)にみる宗教の社会貢献活動の整理報告」

報告者 藤本頼生(國學院大學研究開発推進機構伝統文化リサーチセンター共同研究員)

 寺沢氏が体調不良のため、発表資料に基づき、同じ北海道大学大学院の吉野航一氏が代理発表。報道件数や割合などについて、神社神道、伝統仏教、キリスト教、新宗教等でのおおよその傾向を述べた。それを補完する形で、宗教情報リサーチセンターの藤田庄市氏から寺沢氏が分析に使用した「宗教情報データベース」の項目、カテゴリー、媒体の分類、活動内容の分類、報道件数等、それぞれの発表内容についてこれまでのデータベース構築に至る経緯を含めて逐次補足説明とコメントがなされた。北海道大学の櫻井義秀氏から藤田氏は大体の傾向分析はなされていると述べ、さらにこの分析は新聞、雑誌というメディア媒体を通じての分析であり、あくまで宗教の社会貢献活動の大体の傾向を示した近似値を示しているものであるというコメントがなされた。
 寺沢氏の発表について、藤田庄市氏から神社神道の社会貢献活動についての傾向について寺沢氏が社会的弱者への貢献が不足しているのではないかという指摘があり、藤本頼生氏からはそれぞれの宗教の社会的性格や実情把握の面での捉え方が不足しているため、一面的なものではなく種々の論考などで補完するなりデータベースに現れない多面的な実情把握もしておかねば、神社神道のみならず、それぞれの宗教の社会貢献活動の取り組みの全容は理解できないとの指摘があった。また社会福祉学からみた宗教の社会貢献活動なのか、宗教の側からみた社会貢献活動なのかでその捉え方、分析の仕方も大きく異なるものであるので、まずプロジェクトとして「社会貢献」概念の確認が必要であるとの認識を示した。
 松島公望氏からは寺沢氏の分析はあくまでメディアを通じての数量的分析なので、メディアに取り上げられていない個々の宗教での社会貢献活動の実情的な把握まで突き詰めることは、データベースからの情報分析だけでも莫大な労力を費やすものであり、また研究的な視点が逆に絞りきれなくなると述べ、まずはデータ分析の労をねぎらうとともに研究、分析の視点を明確にし、層化検定や有意差検定、確率法等、統計学的な面での分析をさらに突き詰めておけば、十分な研究成果が得られるとの指摘があった。吉野氏からは媒体の分類について宗教専門誌が35.7%、全国紙が17.2%、地方紙が40.5%、その他新聞が5.9%、雑誌が1.2%と媒体ごとのパーセンテージを示すなど補足説明がなされた。さらに濱田陽氏、中外日報の高橋記者からは媒体では『聖教新聞』が入っていないのは何故か、神社界の機関誌である『神社新報』が入っているのに、『本願寺新報』や『天理時報』がないのはなぜか、がないのは何故かとの質問がなされたが、藤田庄市氏から『神社新報』は神社界中心の専門紙であって、神社新報社を通じて神社界の活動を外部へ唯一報道するものであり、神社本庁から出ている『月刊若木』とは異なるものであるとして、それぞれの報道媒体の説明と宗教情報リサーチセンターのデータベースの意義を説明し、概ね参加者の理解を得た。またそもそもマスコミの報道姿勢の問題があり、年中行事化しており、必ずなされるものや目立ったものでなければなかなか報道されないという事例も多く、その意味での今後、櫻井氏が述べたあくまで「近似値」の分析であっても、その「近似値」をどう学問的に意義付けるかが課題となった発表であったといえる。

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2007年7月30日 (月)

第5回研究会のレジュメ(濱田陽氏)

 第5回研究会での濱田陽氏(帝京大学)の報告「戦争と日本宗教の軋轢の彼方へ――『東アジアの終戦記念日』(ちくま新書 2007,7)より」のレジュメを掲載します。

「hamada.pdf」をダウンロード 

*本レジュメからの無断引用はご遠慮下さい。引用される際には、本研究プロジェクトでの濱田陽氏による報告レジュメが出典であることをご明記いただければ幸いです。

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2007年6月 5日 (火)

第4回研究会の新聞記事

 去る5月20日に開催された第4回研究会の様子を報じた『神社新報』の記事を掲載いたします。
 当日の模様がコンパクトにまとめられていますので、ご高覧ください。
 (写真をクリックすると、大きくなります。) 190604_7

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2007年5月25日 (金)

第4回研究会のレジュメ(菊池結氏)

第4回研究会での菊池結氏(大正大学大学院修士)の報告「渡辺海旭にみる近代化の受容と社会事業」のレジュメです。

  →「kikuchi.pdf」を」ダウンロード

*本レジュメからの無断引用はご遠慮下さい。引用される際には、本研究プロジェクトでの菊池結氏による報告レジュメが出典であることをご明記いただければ幸いです。

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2007年5月22日 (火)

第4回研究会(松島公望氏発表)の報告

「プロテスタント・キリスト教に関わる青年の「宗教性」および援助行動の発達とその関連」(発表者:松島公望)

報告者:葛西賢太(宗教情報センター)

 松島氏の博士論文の2,4章を元にした発表。松島氏は今回の発表において、宗教心理学という、学界では少数派に属する領域の重要性を伝えたいと考えられた。そのため、研究対象よりも研究方法論、研究手続きにかなりの時間が割かれた。
 「宗教心理学」の範囲について、筆者なりに補足させていただこう。心理学はその開始以来、科学的妥当性についての議論を積み重ねてきた。科学的妥当性を全く顧慮しない大衆心理学的な「宗教心理学」をとりあえず除外するとして、宗教的言説や当事者の語りにより特定宗教の心理世界を描こうとする立場から、量的に一般性を担保し、手続き的に妥当性を担保した「厳密に科学的な」宗教心理学まで、かなりの幅がある。そして、松島氏は後者を志向する立場であるといってよい。(筆者は前者と後者をともに宗教心理学として許容する立場に立つ)

 発表は前半と後半に分けられる。前半においては、宗教意識を測る尺度を松島氏が用意するのだが、それを根拠づけ、確認する手続きの説明に時間が割かれた。数量的手法を使った心理学がどのようなものか、仮説とその立て方が宗教学、宗教社会学とずれる点について詳述された。また、問いが妥当であるか(項目分析、因子分析、主成分分析など)、そして問いの立て方が妥当であるかをくまなくチェックする手続き(再検査信頼性チェックなど)について示された。
 研究会の参加者は、松島氏が過去の数多くの宗教意識調査を渉猟し、そこから今回採用された33項目の問いに絞り込むまでの精力的な作業に圧倒された。しかし、宗教性という広がりのある対象を測定するのに、尺度も先行研究も絞り込みすぎていないかという点が質疑の対象となった。
 興味深く感じたのは社会学とのサンプリングに対する「態度」の違いである。松島氏は、社会学の方がサンプリングについてより「厳密な」印象があるという。調査技術や調査対象の違いにもよるのだろうが、数量的な宗教社会学者と、松島氏のような数量的な宗教心理学者と対話するとき、これらの諸手続を暗黙の了解とし、その先の、より生産的な議論がなされるのではないか、という指摘もあった。

 後半においては、(1)ホーリネス系教会に所属する青年、(2)ミッションスクールに在籍する中高生、を対象に行われた調査の分析が詳述された。松島氏の関心は「宗教性」の抽出にあったが、今回は本研究会の関心に引きつけて、利他的(愛他的)な援助行動の発現と宗教性との関連についても論じられた。この詳細は、松島氏の発表資料に明示されているので、ここでは繰り返さない。

 松島氏との質疑のうちいくつかを取り上げよう。心理学のモノグラフとして徹底した絞り込みが行われた一方、分析によって導き出された数字を簡単に図式化せずに(複雑な表のまま)読み込む作業を、松島氏は実際にやってみせた。徹底して絞り込みつつ、その範囲内での複雑な数表を細かく読んでいくという手法は新鮮であったが、この絞り込みが妥当かどうかがさまざまな角度から問われた。質問文がホーリネス青年、またミッションスクールの調査対象に特化されており、モノグラフとしては有効かも知れないが一般的ではないことの是非。想定されている「宗教性」が偏っていないか、という問い。松島氏が重視する発達的観点が、宗教性を調査時点で「輪切り」にしたものになってしまい、結果でうまく示されない点。現代の「スピリチュアリティ」をめぐる議論に松島氏が感じる、心理学的厳密さの必要。「世界価値観調査」などの国際比較(質問紙は翻訳の問題、一神教的価値観の潜在も指摘されている)に対する松島氏の評価など、である。また、発達や援助行動をめぐる先行研究のどれを、氏の心理学的研究に有効なものと評価するか、議論があった。
 今回、時間を取って心理学における統計的手続きについて詳しく説明されたことは有意義であった。また筆者は、モノグラフとしての松島氏の研究は評価しながらも、数点気になったことがあった。発表資料の3、4ページに見られる質問文は、知識の面でも行動の面でもかなり熱心で教会志向的な会員を想定させる。この問いは妥当なのか、一人で静かに瞑想する、一人で香を焚く、一人で宗教的な本を読む(いわゆる「スピリチュアル」)な人々はここから落ちてしまうのではないかと、松島氏に問うた(また回心との関わりが指摘されている思春期の性をめぐる悩みはどう扱われるのかも気になった)。氏の回答は、熱心で教会志向的な会員を想定した問いであることは、まさにこの研究の、対象に特化したモノグラフたるゆえんというものであった。心理学的論理としてはそれで完結するのだが、ホーリネス青年についてのこの研究によって導き出されるものは「ホーリネス的宗教性」ではあっても心理学的に「宗教性」といえるのかという疑問は、改めて湧いてきた。松島氏はすでに他宗教などの調査プロジェクトを進めておられるとのことで、モノグラフを一般化する可能性は改めてそこで問われることと思われる。

今回の報告とは別に「宗教と社会」学会(6月9日-10日:駒沢大学)でも松島氏の報告がある。また、氏が事務局をつとめる「宗教心理学研究会」でも多様な企画を準備されているようなので、これまで重ねてこられた基礎作業がどう展開していくか、目が離せない。

(かさいけんた http://www.circam.jp/

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第4回研究会のレジュメ(松島公望氏)

第4回研究会での松島公望氏(横浜国立大学,神奈川県立保健福祉大学 非常勤講師)の報告「プロテスタント・キリスト教に関わる青年の「宗教性」および援助行動の発達とその関連」のレジュメです。

  →「matsushima1.pdf」をダウンロード

  →「matsushima2.pdf」をダウンロード

*本レジュメからの無断引用はご遠慮下さい。引用される際には、本研究プロジェクトでの松島公望氏による報告レジュメが出典であることをご明記いただければ幸いです。

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2007年2月22日 (木)

第3回研究会の報告

「ポスト労働運動期における<運動型キリスト教>の活動 ―釜ヶ崎キリスト教協友会を事例に―」(発表者:白波瀬達也) 

報告者:江島尚俊(大正大学大学院)

今回の研究会における白波瀬達也氏の発表レジュメは、A4用紙で9枚に及んでいた(別掲でのレジュメを参照)。この発表が、多大な時間と労力を費やした実証研究の一部であることは十分うかがえる。またフロアからの質問に対して、レジュメに盛り込めなかった事実を的確に提示し、自信を持って回答をしている姿も印象的であった。

さて、発表内容自体についてはレジュメを参照いただきたい。ここでは発表者とフロアとのやり取りの中で示された重要な問題提起(白波瀬氏にとっても、本研究会にとっても)を取り上げて、第3回研究会の報告としたい。[以下の(○頁)というのはレジュメ内の頁数である]

宗教の「布教活動」と「社会貢献」をどのように区分できるか、これは本研究会において当初からの大きな課題である。白波瀬氏は、野宿者支援を行なうキリスト教団体の性格を「伝道型」と「運動型」の二つに大別し(2頁)、前者が精神的な側面のケア、後者が物質的な側面のケアを担っていると報告した(8頁)。
この点に関し、両者を明確に分けることができるのか、という質問がなされた。これをめぐって発表者とフロアの間で幾度かのやり取りが行なわれるなか、上記の課題に対し一つの示唆深い議論が生まれたように思える。

その議論とは
①支援を提供する側が、支援を受ける側をどのように考えているか
②支援を受ける側が、提供する側に何を求めているのか
であり、

今回の報告に沿って具体的に述べれば
①について
教会が野宿者を教義にしたがって理解(ex: 福音を受けていない者、救済されていない者)するか、社会通念にしたがって理解(ex: 経済的に貧困している者、人権を侵害されている者)するか
②について
野宿者が教会に対し自らを教義的に意味づけてくれるように望んでいるのか、それとも物質的な支援のみを望んでいるのか

を「布教活動」と「社会貢献」の区分基準にしてみてはどうかという指標が提示された。これは宗教側の人間観、人間側の宗教観と言い換えても良いのかもしれない。この区分が十全かどうかは、無論、今後の検討が必須であろう。

また、そもそもこの区分自体が流動的な可能性を秘めている点について、興味深い事例が報告された。近年における労働運動の弱体化や野宿者の高齢化(4頁)は、それまで野宿者らが有することのなかった宗教的ニーズ(たとえば「魂のケア」(8頁))を呼び起こしているという報告である。

釜ケ崎キリスト教会では過去の経験から布教としての支援活動を極力控える姿勢を現在でも貫いているが、「これでは今の野宿者らのニーズには十分に応えることができない」という困惑が現場でみられるという(8頁)。このような変化にどう対応するべきなのか、これは非常に大きな問題である。

ニーズがあるからといって組織の重要な方針をそう簡単に変えるわけにはいかない。特に釜ケ崎の場合、支援活動に非クリスチャンである人も多く関わっている。また、宗教法人として支援活動を行なっている組織であればまだしも、社会福祉法人として活動している組織は建前の上では宗教的ニーズに応えるわけにはいかない。
「布教活動」と「社会貢献」という区分は非常に重要な問題であるからこそ、もっともっと議論を深めていく必要があることを改めて確認した。

以上ふたつの点について個人的な感想を述べさせてもらってきたが、今回の発表は本研究会の根幹に関わる問題提起を含んだ非常に価値のある発表だったと思う。

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第3回研究会のレジュメ(白波瀬達也氏)

 第3回研究会での白波瀬達也氏(関西学院大学大学院博士後期課程2年)の報告「ポスト労働運動期における<運動型キリスト教>の活動 ―釜ヶ崎キリスト教協友会を事例に―」のレジュメです。

  →「Shirahase.pdf」をダウンロード

 *本レジュメからの無断引用はご遠慮下さい。引用される際には、本研究プロジェクトでの白波瀬達也氏による報告レジュメが出典であることをご明記いただければ幸いです。

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2006年11月14日 (火)

第2回研究会の報告

「禁酒と断酒--社会的福音と近代的自己の交錯」
(報告者:葛西賢太)へのコメント

                  塚田穂高 (東京大学大学院)

 Alcoholics Anonymous(以下、AA)の成立背景とその活動内容についての葛西氏の御報告は、身振り手振りを交え、豊富な具体例を伴った、非常に熱気あふれるものであった。発表の概要については、添付されたレジュメを参照いただくとして、ここではフロアから出された様々な質問を踏まえて、議論の方向性を提示したいと思う。
 まずは、AAという集団とそこにおける人間関係をめぐる問題である。AAは、従来の専門家がクライアントを教化・治療したり、他人の禁酒を説いたりするような場ではなく、当事者同士が(ミーティングで先輩から学ぶことで)自身の断酒を説くことにその特色がある。それまでにも、欧米はもちろん、日本でも寺社関係者による断酒の運動はあった。また、そのような活動に頼らずとも、何らかの依存症に対する処置があった。そうした中で、AAが現代社会においてある程度受容されていることを鑑みると、そこに単なる目新しさではない、人間関係の変容や社会の変動的な側面の反映を見ることができよう。また、「全日本断酒連盟連合会」の存在や同種の運動の同時多発的な事態は、葛西氏御自身が提示された〈ゆるやかな共同性〉(「『精神世界』を支持する〈ゆるやかな共同性〉」『宗教と社会』4号、1998年)とどのような照応関係にあるのかも興味深い。
 もう1つは、やはり「宗教の社会貢献」とは何かという問題である。これは、葛西氏も冒頭で提示し末尾で「社会的福音」ではなく「近代的自己」へ着目したと述べた問題であると同時に、本プロジェクトの根幹に関わる問題でもある。AAの場合、宗教的背景を濃厚に持ちつつも、それとは一線を画し、問題を共有する仲間との緩やかな連帯の中で、「近代的自己」と向き合うことにより断酒がなされることに主眼が置かれていた。だが、AAの活動は結果的には断酒による社会復帰という一種の「社会貢献」をなしており、そこで語られる「自分で理解している神」「偉大な力」「ハイヤー・パワー」などの観念は深く「宗教」的資源に根ざしているといえる。だとすれば、「宗教の」とは、宗教団体が積極的に関わるということなのか、それとも宗教的世界観に支えられたものということなのか。また「社会貢献」とは、目的なのか(あるいはその先に「伝道」「布教」があるのか)、それとも結果的に与えるインパクトなのか。われわれは、何を研究するのか。このような問題を、AAの事例から鮮やかに逆照射したのが、今回の葛西氏の発表だったように思う。

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2006年10月22日 (日)

第2回研究会のレジュメ(葛西賢太氏)

 第2回研究会での葛西賢太氏(宗教情報センター)の報告「禁酒と断酒--社会的福音と近代的自己の交錯」のレジュメです。

  →「kasai1.pdf」をダウンロード

 *本レジュメからの無断引用はご遠慮下さい。引用される際には、本研究プロジェクトでの葛西賢太氏による報告レジュメが出典であることをご明記いただければ幸いです。

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2006年9月 5日 (火)

第1回研究会の報告

宗教と社会貢献プロジェクト発足について

                                    

           藤 本 頼 生

         (國學院大學日本文化研究所共同研究員)

 『神社新報』にて既に報じられた(平成十八年八月二十一日付、第二八四八号)の通りであるが、「宗教と社会」学会内に「宗教と社会貢献プロジェクト」が設けられ、第一回の研究会が開催された。筆者は稲場圭信(神戸大学助教授)、大谷栄一(南山宗教文化研究所研究員)とともに世話人を務めることとなり、第一回研究会ではこの三人が「なぜ、今、宗教の社会貢献活動研究なのか」(稲場)、「仏教教団の社会活動に関する先行研究」(大谷)、「神社神道における社会福祉活動について」(藤本)としてそれぞれ発表した。

 今回の研究発表では、第一部で稲場氏は自身がこれまで研究を進めてきた利他主義の問題について、まずは戦後の日本宗教学の基礎を固めた一人である岸本英夫の宗教的利他主義概念について触れた上で、世界各国のボランティア活動に対する国民意識や社会貢献に対する意識について触れ、宗教NGOやボランティアの将来について述べた。

 次に大谷氏は現代社会における仏教教団の社会活動について、仏教教団、仏教者の社会活動について、いわゆる社会福祉活動に象徴されるような社会サービスとしての社会活動と、社会的、政治的アクティビズムとしての仏教社会運動という社会運動という二つの大系を大別した上で、仏教史研究における二系の先行研究を概観し、分析を試みた。

 三人目となった筆者は、これまで宗教学、社会福祉学研究の中でも福祉に対するアプローチ、先行研究が殆どなされてこなかった神社神道について、戦後における神社神道の社会福祉事業従事神職数や施設数などの変化と、近代における社会事業の歴史の中における神社、神職の動きに着目しながら、実際に神社新報の近年の記事を分類し、現代における神社、神職の社会福祉活動について述べた。

 研究会第二部では、今回が第一回であったことから、参加者各自の問題関心や研究テーマについても報告があったほか、宗教教団がこれまで社会参加をしてゆく中では教化活動との関連性の中で論じられており、この点を今後もどのように考え、どう客観視し、研究を進めてゆくのかという質疑がなされるなどした。このことは、社会活動について大谷氏が二つに大別した概念の再検討にも繋がるものであり、単なる社会サービスとしての社会貢献以外にも個々の宗教と社会貢献との関わりをさらに見つめてゆくなかで、今後検討を加えてゆく必要があろう。

 今回のプロジェクトでは様々な情報を収集・分析し、研究会を重ねてゆくことにより、その成果を広く公開し、学術的な議論や応用の場に提供してゆくことということを第一義とするものである。本プロジェクト参加の各位にはこぞって参加、発表、調査研究の報告や研究会での意見交換、発言をお願いしたい。

「shakaikouken_kiji.JPG」をダウンロード

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2006年8月31日 (木)

第1回研究会のレジュメ(藤本頼生)

第1回研究会での藤本頼生(國學院大學日本文化研究所共同研究員)の報告「神社神道の社会福祉活動について」のレジュメです。

  →「fujimoto.pdf」をダウンロード 

* 本レジュメからの無断引用はご遠慮下さい。引用される際には、本研究プロジェクトでの藤本頼生による報告レジュメが出典であることをご明記いただければ幸いです。

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2006年8月28日 (月)

第1回研究会のレジュメ(稲場圭信)

 第1回研究会での稲場圭信(神戸大学発達科学部)の報告「なぜ、今、宗教の社会貢献活動研究なのか」のレジュメです。

  →「inaba.pdf」をダウンロード

* 本レジュメからの無断引用はご遠慮下さい。引用される際には、本研究プロジェクトでの稲場圭信による報告レジュメが出典であることをご明記いただければ幸いです。

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2006年8月27日 (日)

第1回研究会のレジュメ(大谷栄一)

 第1回研究会での大谷栄一(南山宗教文化研究所)の報告「仏教教団の社会活動に関する先行研究」のレジュメです。

  →こちら(「otani.pdf」をダウンロード

 *本レジュメからの無断引用はご遠慮下さい。引用される際には、本研究プロジェクトでの大谷栄一による報告レジュメが出典であることをご明記いただければ幸いです。

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