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2006年11月14日 (火)

第2回研究会の報告

「禁酒と断酒--社会的福音と近代的自己の交錯」
(報告者:葛西賢太)へのコメント

                  塚田穂高 (東京大学大学院)

 Alcoholics Anonymous(以下、AA)の成立背景とその活動内容についての葛西氏の御報告は、身振り手振りを交え、豊富な具体例を伴った、非常に熱気あふれるものであった。発表の概要については、添付されたレジュメを参照いただくとして、ここではフロアから出された様々な質問を踏まえて、議論の方向性を提示したいと思う。
 まずは、AAという集団とそこにおける人間関係をめぐる問題である。AAは、従来の専門家がクライアントを教化・治療したり、他人の禁酒を説いたりするような場ではなく、当事者同士が(ミーティングで先輩から学ぶことで)自身の断酒を説くことにその特色がある。それまでにも、欧米はもちろん、日本でも寺社関係者による断酒の運動はあった。また、そのような活動に頼らずとも、何らかの依存症に対する処置があった。そうした中で、AAが現代社会においてある程度受容されていることを鑑みると、そこに単なる目新しさではない、人間関係の変容や社会の変動的な側面の反映を見ることができよう。また、「全日本断酒連盟連合会」の存在や同種の運動の同時多発的な事態は、葛西氏御自身が提示された〈ゆるやかな共同性〉(「『精神世界』を支持する〈ゆるやかな共同性〉」『宗教と社会』4号、1998年)とどのような照応関係にあるのかも興味深い。
 もう1つは、やはり「宗教の社会貢献」とは何かという問題である。これは、葛西氏も冒頭で提示し末尾で「社会的福音」ではなく「近代的自己」へ着目したと述べた問題であると同時に、本プロジェクトの根幹に関わる問題でもある。AAの場合、宗教的背景を濃厚に持ちつつも、それとは一線を画し、問題を共有する仲間との緩やかな連帯の中で、「近代的自己」と向き合うことにより断酒がなされることに主眼が置かれていた。だが、AAの活動は結果的には断酒による社会復帰という一種の「社会貢献」をなしており、そこで語られる「自分で理解している神」「偉大な力」「ハイヤー・パワー」などの観念は深く「宗教」的資源に根ざしているといえる。だとすれば、「宗教の」とは、宗教団体が積極的に関わるということなのか、それとも宗教的世界観に支えられたものということなのか。また「社会貢献」とは、目的なのか(あるいはその先に「伝道」「布教」があるのか)、それとも結果的に与えるインパクトなのか。われわれは、何を研究するのか。このような問題を、AAの事例から鮮やかに逆照射したのが、今回の葛西氏の発表だったように思う。

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コメント

予告された書籍『断酒が作り出す共同性--アルコール依存からの回復を信じる人々』が刊行されました。

下記は葛西の個人ブログでの紹介です。
http://ktkasai.cocolog-nifty.com/figurehead/2007/04/12_d694.html

投稿: 葛西賢太 | 2007年4月20日 (金) 09時04分

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