2008年6月20日 (金)

第8回研究会のレジュメと報告

6月1日に開催された第8回研究会は、「宗教と社会」学会第16回学術大会(6月14、15日)の準備を兼ねた研究発表でした。詳細は『宗教と社会』第15号に掲載されます。
ここでは各報告のレジュメのみをアップいたします。

稲場圭信(神戸大学)「宗教の社会貢献活動の諸相―Faith-Based Social Serivice, Engaged Religion and Religion as Social Capital―」「inaba8.pdf」をダウンロード

藤本頼生(國學院大學研究開発推進機構共同研究員)「神社神道の社会貢献活動について―地域コミュニティ形成における宗教文化資源活用の可能性から―」「fujimoto8.pdf」をダウンロード

ランジャナ・ムコパディヤーヤ(名古屋市立大学)「慈悲と智慧のネットワーク―グーロバル化における『社会参加仏教』―Networks of Compassion and Wisdom - Engaged Buddhism in the era of Globalization」「ranjana.pdf」をダウンロード

*本レジュメからの無断引用はご遠慮下さい。引用される際には、本研究プロジェクトの報告レジュメが出典であることをご明記して下さい。

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2008年5月 7日 (水)

第8回研究会のご案内

日時:2008年6月1日(日)午後1時~

場所:國學院大學若木タワー5階0502大学院演習室
キャンパス案内図・アクセス
http://www.kokugakuin.ac.jp/about/campus/campus_s_0606.pdf

趣旨説明・司会:櫻井義秀(北海道大学)

□報告1
報告者:稲場圭信(神戸大学)インターネット回線により神戸から報告
題 目:「宗教の社会貢献活動の諸相―Faith-Based Social Serivice, Engaged Religion and Religion as Social Capital―」

□報告2:
報告者:藤本頼生(國學院大學研究開発推進機構共同研究員)
題 目:「神社神道の社会貢献活動について―地域コミュニティ形成に
おける宗教文化資源活用の可能性から―」

□報告3:
報告者:ランジャナ・ムコパディヤーヤ(名古屋市立大学)
題 目:「慈悲と智慧のネットワーク―グーロバル化における『社会参加仏教』―
Networks of Compassion and Wisdom - Engaged Buddhism in the era of Globalization」

コメンティター:濱田陽(帝京大学)

□調査近況報告

□テーマセッションの打ち合わせ

□今後のプロジェクトの打ち合わせ

参加を希望される方は、事前に、稲場までご連絡をお願いします。

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2008年4月10日 (木)

第7回研究会が紹介されました

第7回研究会の様子がが『神社新報』に掲載されました。

ついては下記のPDFを御覧ください。

「shakaikoukendai7...pdf」をダウンロード

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2008年3月30日 (日)

第7回研究会のレジュメと報告(森葉月氏)

第7回研究会での森葉月氏(国際基督教大学アジア文化研究所研究員)の報告「現代における『脱宗教の宗教』の可能性を考える―インドネシアの事例から―」のレジュメと報告を掲載します。

レジュメ「mori.pdf」をダウンロード

*本レジュメからの無断引用はご遠慮下さい。引用される際には、本研究プロジェクトでの森葉月氏による報告レジュメが出典であることをご明記いただければ幸いです。

研究会報告
発表者 森葉月(国際基督教大学アジア文化研究所研究員)
「現代における『脱宗教の宗教』の可能性を考える―インドネシアの事例から―」
報告者 森葉月

 発表者は、本発表において、「宗教者・宗教教団による社会活動の実践」という視点からではなく、「宗教の教えそのものが持つ可能性」という視点から、宗教の社会貢献の可能性について検討することを目指した。具体的には、<伝統宗教の智的・精神的「資源」が、個人によって主体的に、自由に、そして有効に活用されることを通して、個人や社会の「救済」に「貢献」する方途を提言すること><宗教の社会貢献という文脈において、「脱宗教の宗教」の可能性を検討すること>を目的としている。
 云うまでもなく伝統宗教の智的・精神的「資源」は、これまでも様々な形で利用されている。しかし、その多くは「現世利益」の追求に終始している。その背景にあるのは、人々の「欲望」の肥大化であろう。欲望が膨れるままに任されている現代においては、宗教も消費財の一つとして欲望される。宗教の側も、そうした状況の中で、人びとの欲望を全肯定することによって生き残りを図っている。従来は、「欲望」を鎮める機能を果たしていた宗教の智慧は、もはや力を持たない。「宗教は多かれ少なかれひとを搾取し、反社会的な行動に走らせるものである」という見方も浸透しつつある。
しかし本当に、宗教の智慧は無力なのであろうか。そこから学ぶべき点はもうないのであろうか。発表者は、その教えには、学ばれるべき智的・精神的「資源」が、未だ多く残されていると考える。実際に、伝統宗教のエッセンスを充分に理解したうえで、そのあり方を批判的に考察することにより、「救い」「幸福」の境地に辿り着いた人々が現実に存在するからである。
 発表者はこれまで、日本の作家岩倉政治(まさじ)の思想を研究し、その宗教観=「脱宗教の宗教」(「救い」は「宗教」から与えられるものではなく、自らが主体的に宗教の教えに係ろうとする中でのみ得られるものであると説く。また、そのことを認識することそのものが「救い」であるとする)に、その実例を見てきた。今回は、更にそうした人々の事例の一つをインドネシアに求め、彼らがどのような思考と行動を通してそうした境地に至ったのかについて調査を行なった。具体的には、インドネシアの思想家キ・アグン・スリョムンタラム(1892‐1962、ジャワ思想、イスラーム、仏教、心理学、科学などに学びつつ、独自の「幸福学」を形成した人物、以下「キ・アグン」)の思想を継承し、実践している人びとにインタビューを行い、キ・アグンの思想が持つ現代的な意義を問い直すことを目指している。
 キ・アグンの思想を実践している人々は、キ・アグンの説いた、自己の相対化と自律の教えを踏まえ、kondo takon(コンド・タコン)と呼ばれる徹底的な対話を通して、人びとの生活改善を図っている。その活動は地道であるが、着実に実を結びつつあるように思われる。彼らの活動の特徴としては、差し当たり、①イスラームなど他の宗教・思想との補完性を持つ②平等主義③自主性・自律性の強調④実践の強調⑤物質主義の否定⑥内省の強調⑦対話の重視、などが挙げられる。これらの特徴がどのように有効に活用されているのかについて、より深く分析していくことが、思想構造そのもの把握と併せて、発表者の今後の課題である。
 以上のような発表に対して、次のようなコメント、質問が寄せられた。社会運動としての側面をより明確に知りたい。例えば彼らの活動の概要、社会的な位置づけはどのようになっているのか。書籍などは書店にあるのか、グループの規模はどのくらいなのか。イスラームや民間信仰との係りはどのようになっているのか。「脱宗教の宗教」の可能性についての詳しい説明が欲しい。日本の新宗教の黎明期と類似の印象がある。宗教の効用を活かしつつ、宗教に絡めとられない事例を捜そうとしているという印象の研究である。ナショナル・アイデンティティとの係りはどのようになっているのか。
 発表者の応答は、以下の通りである。キ・アグン思想の実践者たちは、キ・アグンの教えにより、基本的には組織を形成しない。活動は、緩やかなネットワークによって支えられている。そのため、明確な人数を出すことは難しいが、少なからぬ人びとが教えに触れていると考えられる。キ・アグンの著作はあるが、現在入手困難なので、人からひとへ、口伝えで広がっている。イスラームや民間信仰とは、補完し合う働きをしていると考えられる。ナショナル・アイデンティティを探っていた可能性はあると思う。その他の指摘と共に、今後の検討課題としたいと考えている。

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2008年3月24日 (月)

第7回研究会のレジュメと報告(黒崎浩行氏)

第7回研究会での黒崎浩行氏(國學院大學)の報告「地域づくりにおける参加機会創出と神社・祭礼―熊本県人吉市の事例から―」のレジュメと報告を掲載します。

レジュメ「kurosaki.pdf」をダウンロード

*本レジュメからの無断引用はご遠慮下さい。引用される際には、本研究プロジェクトでの黒崎浩行氏による報告レジュメが出典であることをご明記いただければ幸いです。

研究会報告
発表者 黒崎浩行(國學院大學)
「地域づくりにおける参加機会創出と神社・祭礼―熊本県人吉市の事例から―」
報告者 黒崎浩行

 本発表は、「宗教の社会貢献活動」というプロジェクトのテーマを、宗教者・宗教団体による社会貢献活動への主体的関与という視点ではなく、社会福祉の基盤となるコミュニティ形成に対する資源提供(櫻井治男)、あるいは福祉文化と宗教文化の接点(板井正斉)といった視点から検討するものである。
 福祉社会の基盤であるべきコミュニティの衰退に対して、伝統的なスピリチュアリティの活用による再活性化を期待する言説がある(広井良典『持続可能な福祉社会』(2006)など)。しかし、それはどのようにして可能になるのだろうか。
 実際のところ活性化の試みにはさまざまな困難がともなう。祭礼や民俗芸能に関しては、伝承者集団、行政、地元商工業界、観光業界等の諸社会集団間のせめぎあいが指摘され、また居住年数の異なる住民が混在する郊外の神社では、旧住民による再活性化の努力にもかかわらず、新住民との断絶を埋めがたいケースがある。
 ここでは、熊本県人吉市に鎮座する青井阿蘇神社の例大祭「おくんち祭」、特に平成18年(2006)に斎行された「御鎮座1200年大祭」を事例として、神社祭礼における参加機会の創出に注目し、その特徴を抽出する。
 第一の特徴は、メディア利用による再帰的なアイデンティティ形成である。御鎮座1200年大祭に向けた準備は平成12年(2000)ごろから始められ、平成14年(2002)に「人吉交流大学」というイベントが人吉球磨広域行政組合の事業として行われる。平成8年(1996)に始まった「住民ディレクター活動」を取り入れ、メディア論の研究者やビデオディレクターを講師に迎えて、祭の準備から本番まで、地域住民や学生がビデオカメラをもって取材・撮影し、これを放送した。第2回以降は民間での実施となるが、毎年繰り返され、平成18年はインターネットライブ放送が行われた。このようなメディア利用を通じて、地域の価値の発見がもたらされ、また祭りの参加者にとってもアイデンティティを再帰的に獲得することとなった。
 第二の特徴は、世代間伝承の尊重である。おくんち祭の企画運営を担う団体である青井阿蘇神社奉賛会は、高齢(60~80歳代)メンバーが中心で、若手メンバーの発言が難しい状況にあった。そこで宮司の発案により「継承部」が発足する。若手メンバーが高齢メンバーのさまざまなお手伝いをしつつ昔の経験を聞くことを活動として位置づけることにより、若手メンバーの参加による活性化を促しつつも徒弟制的な「実践共同体」(レイヴ&ウェンガー)を維持している。
 このような参加機会の創出がもたらすコミュニティ形成への期待や、その成果の実感は、まだ十分に調査・把握しきれていないが、今後運営者以外の参加者へのインタビューや、他地域との比較等を通じて明らかにしていきたい、と結んだ。
 以上の発表に対して、次のようなコメント、質問が寄せられた。「コミュニティ形成」の課題が何であるかによってそれを評価する指標も違うのではないか。参加機会創出の第一の特徴に見られたアイデンティティの形成が主観的なものだとすると、それに対応する客観的な関係性はどのように変化し、またそこにメディアを利用した活動はどうかかわっているかが明確でない。祭の担い手にとっての「正統的周辺参加」のメリットが何であるかや、地域に対する思い・覚悟を具体的にとらえてほしい。祭りへの参加機会の「創出」ではなく「喪失」と言える事態が各地で起こっており、それは社会構造の変化によるものであって、今回とりあげられた試みがそれをどれだけ埋められるものなのか。今後、祭りの担い手までも外部から受け入れるといったことが起こりうるのか。いずれも、今後調査を継続していくなかで応えていきたい課題として受け止めた。

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2008年2月26日 (火)

第7回研究会のご案内

日時:2008年3月22日(土)午後1時~

場所:國學院大學120周年記念2号館4階2402教室
キャンパス案内図・アクセス
http://www.kokugakuin.ac.jp/about/campus/campus_s_0606.pdf

□報告1:午後1時~2時00分
報告者:黒崎浩行(國學院大学)
題 目:「地域づくりにおける参加機会創出と神社・祭礼―熊本県人吉市の事例から―」(発表30分 質疑30分)

□報告2:午後2時10分~3時10分
報告者:森葉月(ICUアジア文化研究所)
題 目:「現代における『脱宗教の宗教』の可能性を考える
―インドネシアの事例から」(発表30分 質疑30分)

□調査近況報告

□テーマセッションの打ち合わせ

□今後のプロジェクトの打ち合わせ

参加を希望される方は、事前に、稲場までご連絡をお願いします。

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2007年12月 3日 (月)

研究会を開催

2007年11月4日に櫻井義秀先生を研究代表とする「宗教の社会貢献活動に関わる比較文化・社会学的研究」の科研費の研究分担者並びに、宗教の社会貢献活動研究プロジェクトメンバー(国内・神道関係)で研究会を行いました。参加者は櫻井治男、黒崎浩行、藤本頼生、板井正斉、種村理太郎、森悟朗、山路克文氏の7名です。以下画像にて詳しく御覧いただけます。

Shakaikouken

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2007年11月30日 (金)

プロジェクトメンバーの本

プロジェクトメンバーの編著が続々と出版されています。

・大谷栄一他編『ソシオロジカル・スタディーズ―現代日本社会を分析する』

・櫻井義秀、三木英編『よくわかる宗教社会学』

詳しくは、右のリンク「関連書籍」をどうぞ

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2007年11月28日 (水)

第6回研究会のレジュメと報告(玉置充子氏)

 第6回研究会での玉置充子氏(拓殖大学海外事情研究所華僑研究センター)の報告「タイ華人の民間宗教系慈善団体の社会活動とネットワーク」のレジュメと報告を掲載します。

レジュメ「「tamaki.pdf」をダウンロード

*本レジュメからの無断引用はご遠慮下さい。引用される際には、本研究プロジェクトでの玉置充子氏による報告レジュメが出典であることをご明記いただければ幸いです。

研究会報告
発表者 玉置充子(拓殖大学海外事情研究所華僑研究センター)
「タイ華人の民間宗教系慈善団体の社会活動とネットワーク」
報告者 玉置 充子

 本報告は、タイの「民間宗教系」華人慈善団体の社会活動およびそのネットワーク形成について考察したものである。一般にタイの華人というと、ホスト社会への同化が進んでいると考えられているが、その一方で中国人性を維持した華人団体が活発に活動していることも事実である。特に慈善団体は、「タンブン(徳を積む)」の習慣があるタイ社会において受け入れられやすいことから存在感を増している。華人団体の発展の背景には1980年代以降のタイ社会における変化が挙げられる。
「民間宗教系」とは、中国に起源を持ち中国の民間神を祀る華人系間慈善団体を指す。本報告では、そのうち善堂と徳教会を取り上げた。
善堂は、清末に潮州の「大峰祖師」信仰と結びついて発展した慈善結社で、民国期に全盛期を迎えた。善堂は20世紀初頭にタイに伝わり、バンコクに華僑報徳善堂が設立された。報徳善堂は現在、タイ最大の民間慈善団体と言われ、災害救助、医療、教育等の分野で幅広く社会に貢献している。善堂は戦後にはタイ各地で設立され、特に南部では善堂を中心とした独自の連合組織が発足した。
徳教会は、1939年に潮州で創始された教団で、善堂とは共通点を持つ。徳教会は1950年代以降にタイに伝わり、現在80閣以上が加盟する全国的な連合組織を持つ。善堂や徳教会にかぎらず、タイの華人団体は華僑報徳善堂を中心に“慈善ネットワーク”を形成し、共同で災害救助等を行っている。
善堂をはじめとするタイの民間宗教系華人慈善団体は、社会全体向けには、災害救助、医療、教育、貧困者救済等の慈善活動を展開しており、華人コミュニティ向けには、祖先祭祀、文化継承、癒しの場として機能している。報告の最後には、こうした活動がトランスナショナルな動きや華人コミュニティと中国との関係強化の流れの中でどのような展開を見せるのかが今後の課題として述べられた。
質疑応答では、まず、世代交代が進む中、タイの「華人」をどう定義づけるのかという問いが投げかけられた。これに対して、発表者は、中国に出自を持つとともに中国系としての意識を持っているかどうかを基準と考えると答えた。
また、華人の慈善団体への寄付には、華人文化を継承するため、つまりアイデンティティ戦略としての意味があるのかという質問に対して、発表者は、団体の理事を務める華人指導層の間には、世代交代による文化断絶への危機感が強く、慈善団体の活動を通して文化を継承したいという戦略的な考えは当然あるだろうと答えた。
さらに、寄付の動機について、タンブンに基づいたものなのか、華人社会の伝統的な価値観によるものなのか、という疑問が示された。これに関しては、発表者に代わってタイの事情に詳しい参加者から以下のような貴重な指摘がなされた。
 タイでは、仏教に基づいたタンブンであっても結局は「自分に対する功徳」として行われている。民間の慈善事業は、公的な福祉制度が未発達なため、仏教も含めて民間の宗教が制度としてそれを肩代わりしているのである。こうした制度には市民社会が発達しないという大きな問題があるが、西洋流の市民社会論が通じない事例として興味深い。
 このほか、慈善活動に関わる個々人の参加の動機について質問があったが、これは発表者にとって今後の調査課題として残された。 

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2007年11月27日 (火)

第6回研究会のレジュメと報告(岡光信子氏)

 第6回研究会での岡光信子氏(東北大学大学院文学研究科専門研究員)の報告「イスラム社会におけるキリスト教修道会の社会奉仕-インドネシアを手がかりに-」のレジュメと報告を掲載します。

レジュメ「okamitsu.pdf」をダウンロード

*本レジュメからの無断引用はご遠慮下さい。引用される際には、本研究プロジェクトでの岡光信子氏による報告レジュメが出典であることをご明記いただければ幸いです。

研究会報告
発表者 岡光信子(東北大学大学院文学研究科専門研究員)
「イスラム社会におけるキリスト教修道会の社会奉仕-インドネシアを手がかりに-」
報告者 岡光信子

 本報告は、イスラム教徒が多数派を占めるインドネシアにおいて、少数派となるキリスト教組織のカトリック女子修道会が運営する母子シェルターを取り上げ、その社会貢献的側面と、宗教組織故の限界について考察を行ったものである。母子シェルターは、1934年以来、ジャワ島を中心に活動する国際的な修道会の中央ジャワ州にある修道院敷地内に設置され、諸事事情により自宅で出産準備ができない女性が身を寄せ、いわゆる「望まれない子供」を出産し、出産後の母子の社会復帰を助ける施設として運営されている。
 カトリック教会は宣教地において医療・弱者救済活動などの「慈善」の伝統をもつ。母子シェルターは、非営利組織であり、「望まない妊娠」によって社会的に疎外された母子が緊急避難的に身を寄せる場所として、採算を度外視して運営されている。このことから、母子シェルターは、カトリック教会の慈善活動の伝統上にあるものと位置づけられ、宗教組織の社会貢献の一例として捉えることが可能である。
 修道会の従うカトリック教会は、信仰と道徳的な理由により堕胎を認めていない。修道会は、予想外の出来事で始めたベビーシェルターの運営経験により、児童遺棄の陰に多数の堕胎があることに直面する。母子シェルターは、カトリックの一組織として現実的に対応する手段として設立されており、その活動は宗教的な理念に支えられている。また、キリスト教は、インドネシアでは宗教的に少数派であるために、修道会は母子シェルターの利用者の宗教的帰属を限定しておらず、インドネシア政府もその活動を評価している。
 現在、母子シェルターは、修道会の社会福祉事業のひとつのユニットとして運営されている。母子シェルターは、政府の介入を警戒し公的援助を受けておらず、一会員の親族の寄付に依存するなど資金収集に致命的な欠陥をもっている。さらに、カトリックの修道会の共通の問題である会員の高齢化と減少という運営母体自体の問題に直面しており、今後の事業の継続・展開に多くの課題を残している。
本報告は、修道会からの要請により、修道会名、修道院の所在地、施設名および利用者名は匿名にして報告を行った。
 参加者からの質問は以下のようなものであり、今後の研究課題に多くの示唆を受けた。
①母子シェルターが公的援助を受け入れない理由。
②インドネシアにおける縁組み、里親について。
③合法的・非合法の堕胎に関する現状。
④一シェルターの個別的な事例とインドネシア全体の事例をどのように関係づけるのか。

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